活動記録。
情報保障団は、十年程前に、聴覚障害学生が中心となって、設立した有志団体。

私が関わったのは2002年春、2003年通年、2004年春ちょっぴり。


かつてはジョウホ団は周りに理解されていず、
大学側が主体となっているわけではないので、
先生方には情報保障団の存在や意義はあまり浸透していませんでした。
最近は徐々に先生方の理解も増えているようですが、
逆に学生の中には情報保障に対する意識が減っていきました。
悲しい事実です…。

 
2001年情報保障団HPによると
設立当初のころは、主に「手話サークルサイレンス」と「障害者問題を考える会」という
二つのサークルのメンバーがほとんどで
手話サークルが手話通訳を、障害者問題を考える会がOHP要約筆記を
担当していましたが、徐々にその壁がなくなっていき、
今ではどちらがどのサークル、ということはなくなっています。

メンバーも、2000年あたりからそれらの二つのサークルのメンバーだけではなく
サークル以外の学生も参加するようになってきました。

情報保障団は有志団体で、毎年メンバーの数が変動的なので
情報保障団を継続していく意味で、
サークル以外の学生の参加はとても
助けになります。

         
以上だそうです。

私が在籍しているのは、障害者問題を考える会でしたが、
私が2年になった2002年度は、活動休止になり、
情報保障団を支えたメンバーはほとんど、
サイレンスと、チラシをみて興味をもって入ってきたメンバーたち
でした。障害者問題を考える会は20人以上もいるにも関わらず、
情報保障団に関わったのはヒトケタだった気がします。
2004年現在、「障害者問題を考える会」は印象うすくなっているようです。


活動記録。

春休みだけの情報保障団は春休みを使って、
入学登録式に向けて約3ヶ月間練習をしていました。
(2月は週2〜3回 3月は週3〜4回)

通年の手話班は週に1回、春休みも週に1回、
合宿前にほぼ毎日、といった感じだったかな?
             

具体的な練習内容は。
              
手話班→手話通訳の練習 
今は在学生のろう学生が指導することが条件となっていますが
昔は、手話のできる聴学生が講師になったこともあったそうです。

すべて、初心者レベルからのスタートで教えていきました。
          
2001年情報保障団HPより引用
              
OHP(オーバーヘッドプロジェクター)班・・・・・
聞きながら書く練習を続ける 
四人一組で行うのでコンビネーションの練習もする 
ノートテイク経験者は楽かも・・・
 
パソコン要約班・・・・タイピングの練習→聞きながら要約して打つ練習→
二人一組で打つ練習(コンビネーション)などなど

点訳班・・・・・この班は練習というより、点訳作業
大学側から入学登録前に入手した配布資料を点訳していく
(配布資料・・・・「学修の手引き」の一部など)
 
2001年情報保障団HP

OHPは、2002年からなくなりました。
パソコンによる通訳が普及してきたからでしょうか。

私が入学した年の入学通訳は、OHPが中心でした。
先輩たちの話によると、OHP班は色んなドラマがあったそうで、
地味だけど、他の班より、充実していたと聞きます。


手話班の活動内容は、その年の集まったメンバーの力によってまちまちだと思います。
たまたま私が入った2002年は、日本手話を言語とするろう学生が二人いたため、
彼らのおかげで充実した内容で教えることが出来たように思います。
その分、ある一人の講師に負担をかけてしまうことになってしまい、
今思えば、悪いことをしたなぁと思っています。

他にも、講演会をひらいたり、色々やれることは全部やっていました。

教えてやりたいことがあればすぐできる、それが情報保障団の手話班の良さだと思います。
ただ、団に入った以上は義務感と責任が必要なのですが。。

色々あるのですが、
まぁ、その年に集まったメンバーで工夫していくと
楽しいですよ♪


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